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コラム

「『かむこと』の深掘りで新たなビジネスチャンスの可能性」


 先日、セロトニン研究の第一人者として知られる医学博士、有田秀穂氏の話を聴く機会がありました。セロトニンは、脳内で働く神経伝達物質の一つで、「幸せホルモン」とも呼ばれます。精神を安定させる働きがあり、不足するとイライラしたり、不安感が増したりするそうです。ストレスの多い生活を送る現代人は、このセロトニンの働きをうまく利用して心身の状態を良く保つことが重要だと有田氏は言います。
 セロトニンは、脳の中心部に位置する脳幹にあるセロトニン神経を刺激することで、分泌を促すことができるそうです。このセロトニン神経の近くに、歩行やそしゃく、呼吸をつかさどる中枢があることから、歩行運動や食べ物をかむこと、意識的な呼吸によってセロトニン神経を刺激することが有効とのことでした。太陽の光に当たることも良いそうです。
 いずれも、われわれが日常的に行っていることですが、例えば歩行に関して、通勤・通学で歩くといった刺激が多い環境ではセロトニンを増やす効果が減り、公園や遊歩道のウォーキングのように、歩くことに集中できる環境の方が良いそうです。
 呼吸については、ヨガや座禅の時に用いられるようなゆっくり大きく吐いて吸うことを繰り返すのが有効だとしていました。
 かむことについては、「野球のメジャーリーグ中継で選手がガムやヒマワリの種を試合中にかんでいるのは、プレッシャーやストレスを減らすのに効果的だと経験上知っているから」だと推測しています。
 日本では、人前でものをかむことは失礼に当たる、行儀が悪いと考えられています。また、食品も昔に比べてやわらかいものが増え、スルメのようなかみ応えのあるものを取る機会が少なくなっているため、「かむこと」が軽視されているのではないかと指摘していました。
 スルメに限らず、かみ応えのある食べ物は、全国各地にいろいろあります。例えば北海道の鮭とばやコマイ、東北地方の貝ひも、明石などの干しタコはよく知られています。また漬物や干し芋などの野菜にも、かみ応えのある伝統食はいろいろあります。
 こうした分野の商品はこれまで、主に独特の味わいと風情を持つ酒のつまみとして販売されていましたが、科学的な視点で見直せば、新たな価値が生じてこれまでとは違ったビジネスチャンスが生まれるかもしれません。
 また「行儀が悪い」といったことに関しては、時代によって変わる可能性があります。例えば「食べ歩き」は、昔の価値観では行儀が悪いとされていた時代もありました。しかし、今ではすっかり市民権を得て定着した飲食スタイルとなり、観光地のグルメ開発では必須のジャンルになっています。こうした知見や時代の変化を踏まえると、ガムやグミといったお菓子以外にも、「かむこと」の機能性や健康への効果に注目した商品の市場が新しくつくれる可能性があるのではないかと注目しています。

地域経済アナリスト/コンサルタント
渡辺 和博

◇渡辺 和博/わたなべ・かずひろ

 合同会社ヒナニモ代表。1986年筑波大学大学院理工学研究科修士課程修了。同年日本経済新聞社入社。IT分野、経営分野、コンシューマ分野の専門誌の編集を担当。その後、日経BP 総合研究所 上席研究員を経て、2025年4月から現職。全国の自治体・商工会議所などで地域活性化や名産品開発のコンサルティング、講演を実施。消費者起点をテーマにヒット商品育成を支援している。著書に『地方発ヒットを生む 逆算発想のものづくり』(日経BP社)。