潮流を読む「銀行の企業価値が分かりにくくなる中で発生した金融不安」

コラム

金融不安(金融システムの不安定さへの懸念)がなかなか払拭できない。その震源の一つが米国におけるシリコンバレーバンクとシグネチャーバンクの突然の破綻である。もう一つが世界の金融システム上重要な銀行(GSIB[注1]=大規模な故に破綻させられない銀行)であるクレディ・スイス・グループ(スイス第2位)のUBS(スイス第1位)による国の支援の下での救済合併である。これに加えて、クレディ・スイス・グループの自己資本に充当される追加的資本(AT1債)が無価値となり、市場が信頼を失い、銀行の資金調達コストは高止まっている。

 また、4月上旬に世界の金融システムの安定性を評価する「国際金融安定性報告書(GFSR)2023年4月」を国際通貨基金(IMF)が公表した。その中でIMFも、世界的な金融不安を抑制しようと政策当局者が努力した結果、「市場の不安は軽減された」ものの、「市場センチメントは依然として不安定である」と述べている。前述の破綻や救済合併をもたらした要因としては、急激な金利上昇によって銀行が保有する満期保有目的の有価証券の価値が大幅に目減りしていたこと、その状況下で急激かつ多額の預金の流出などが起きたこと、および容易に預金の引き出しが可能なオンライン取引が普及したことが挙げられる。しかし、銀行の存在意義が不透明になったことも、金融不安を増長したと考える。銀行の安全性は比較的分かりやすい。銀行の資本が十分であることを示す基準が設けられているためである。一方、銀行の存在意義、すなわち銀行が社会にどのような役割を果たし、どのような業務で利益を上げるものなのかは見えにくくなっている。

 クレディ・スイス・グループの存在意義に疑問が投げかけられ、また疑問が深まっていることを、金融不安の震源地チューリヒで目の当たりにする機会があった。全くの偶然ではあるが、前述の救済合併が発表された3月20日に当地に滞在していたのである。当日はチューリヒにある大学の大学院生向けに日米の資産運用業をテーマとした講演に登壇した。参加した大学院生の中には、UBS、クレディ・スイス・グループ、スイス銀行(スイスの中央銀行)の元行員、クレディ・スイス・グループに勤めていた祖父を持つ人などがいた。その後のランチミーティングでは、参加者から今回の救済合併へのさまざまな心情が吐露される場面があった。一方では、同グループが166年の歴史に幕を閉じることに対する感傷的なコメントがあった。もう一方では、ここ数年、企業買収の助言・株式の引き受け・企業公開などの業務からなる投資銀行部門で不祥事が頻発した点を指摘し、クレディ・スイス・グループは利益獲得のためには手段を選ばない企業文化に侵された、それが今回の失態を招いたのだという突き放した意見もあった。いずれの意見の背景にも、かつては同グループが、スイスの重要なインフラ整備に資金を提供する重要な役割を果たしていたことに対する郷愁がある。彼らが懐かしむ同グループのかつての存在意義は誰もがうなずくのではと思えるほど分かりやすい。しかし近年、同グループの役割や存在意義は、金融専門家の目にも分かりにくくなっていたのだろう。

 ウォール・ストリート・ジャーナルのコラムニスト[注2]は、UBSによる同行の買収では、「クレディ・スイス・グループの時価総額は先週末時点で約80億ドル、有形純資産(tangible book value)[注3]は約450億ドルだった。今回の救済劇における一つ目の教訓は、銀行の価値を示す重要指標と投資家が見なす後者の数字は、結局のところ、さほど『有形』な目に見えて分かりやすいもの(tangible)ではなかったということだ」と指摘している。UBSによるクレディ・スイス・グループの買収金額は約30億ドルと有形純資産の7%ほどであり、これだけの急激な価値の減損の背景は外部からは分かりにくい。加えて、今回のクレディ・スイス・グループの信用不安においては、最大の懸念材料は保有する資産の価値ではなく資金流出による流動性の逼迫(ひっぱく)であり、同グループは自己資本規制をクリアしていた。つまり現代における銀行経営の課題とは、財務の健全性ではなく、むしろ収益獲得の仕組みの健全性をいかに担保し、開示していくかなのである。それが企業の存在価値を維持し、企業価値を高める上で重要なのではないだろうか。

 前述の国際金融安定性報告書と同時に公表されたIMFの世界経済報告書によれば、「大規模な信用収縮が生じる悲観シナリオの実現確率は25%程度あり、実現した場合2023年の成長率は2%を下回る」。SNSがますます普及し、情報は瞬時に拡散するようになった。規模の大小にかかわらず、金融機関にとって、収益獲得の仕組みを健全に保ち、いっそう向上させる努力を積み上げることが、結果的に信用不安への懸念を回避する上で重要となるだろう。                    

(4月14日執筆)

[注1]Global Systemically Important Banksの略。金融安定理事会(FSB)が世界的な金融システムの安定に欠かせないと認定した銀行を指す。日本では三つのメガバンクが該当する。FSBは2011年から認定を行っており、その後、適宜入れ替えを実施。これらの巨大銀行は「総損失吸収力(TLAC)規制」の対象となる。TLAC規制は、通常の銀行の自己資本基準である「BIS規制」に加えて、経営難に陥った際には資本や社債の積み増しを行い、株主や債権者などに負担を負わせる仕組み。税金(公的資金)で救済しなくても済むことを目的とした規制。

[注2]Stephen Wilmot, “Credit Suisse’s Death Gives Birth to New Type of Bank Crisis,” The Wall Street Journal, 20th March 2023

[注3]貸借対照表の総資産から総負債を差し引き、さらに無形資産を差し引いたもの。

株式会社大和総研 金融調査部 主席研究員  内野 逸勢
◇内野 逸勢/うちの・はやなり

1990年慶応義塾大学法学部卒業。大和総研入社。企業調査部、経営コンサルティング部、大蔵省財政金融研究所(1998~2000年)出向などを経て現職(金融調査部 主席研究員)。専門は金・資本市場、金融機関経営、地域経済、グローバルガバナンスなど。主な著書・論文に『地銀の次世代ビジネスモデル』2020年5月、共著(主著)、『FinTechと金融の未来~10年後に価値のある金融ビジネスとは何か?~』2018年4月、共著(主著)、『JAL再生 高収益企業への転換』日本経済新聞出版、2013年1月、共著。IAASB CAG(国際監査・保証基準審議会 諮問・助言グループ)委員(2005~2014年)。日本証券経済研究所「証券業界とフィンテックに関する研究会」(2017年)