「中長期的に世界恐慌を招きかねないトランプ政権の相互関税政策」
トランプ大統領が「解放記念日」と称した4月2日に導入された相互関税政策[注1]により、以前に筆者が挙げた、世界経済の成長を不確実にする「2025年以降に考えられる”荒波”」の三つのうち二つは現実のものとなりつつある。具体的には、(1)保護主義的な関税政策によるグローバル・サプライチェーンの混乱、(2)金融政策における緩和姿勢への転換の中断に伴う想定外の米国の中長期金利高止まり、という二つのシナリオが現実味を帯びている。
前記(1)については、4月9日に発表されたWTO事務局長のンゴジ・オコンジョ・イウェアラ博士の声明[注2]の中では、トランプ政権の今回の相互関税政策が世界貿易を分断することとなれば、「長期的には世界の実質GDPが7%近く減少する可能性」があると指摘している。まさに世界恐慌と同程度の大規模な経済危機を引き起こすリスクシナリオを想定しているといえる。ただし、同日にトランプ政権は、米国の対中国関税率を125%に引き上げ、その他の国に対しては相互関税の90日間の一時停止を発表し、その間、関税率はベースラインの10%に引き下げられることとした。この措置を踏まえれば、結局は米国の最大の貿易赤字国[注3]である中国をターゲットとする政策といえる。前述のWTO事務局長の声明でも、「米国と中国の間の貿易摩擦の激化は、世界貿易の約3%を占める二国間貿易の急激な縮小という重大なリスクをもたらしている」とし、「2国間の経済圏の貿易は80%程度減少する可能性がある」としている。
前記(2)については、4月2日以降は、相互関税政策の米国経済成長への不確実性の高まりから、FRBは金融政策の緩和には踏み切れず、長期金利は高止まったままであり、物価が上昇したままでリセッション(景気後退)に陥る米国経済のスタグフレーション懸念が高まっている[注4]。これにより、米国経済の先行きの不透明さによる米国の株式相場の下落や主要通貨に対するドル安を招いた。加えて、4月10日には、安全資産とされる米国債まで売られ「トリプル安」の発生[注5]となり、トランプ政権の政策運営に対する市場からの信頼も揺らいでいると考えられる。
これらを踏まえると、世界経済はトランプ政権の相互関税政策に完全に翻弄(ほんろう)されており、その影響は長期にわたると考えられる。今回の相互関税政策の一時的な停止によって、中国以外の国との貿易戦争を先送りしても、米中の貿易戦争の終結が見通せない中、世界経済成長の将来の不確実性と懸念が解消されるには程遠いであろう。
ちなみに、日本への影響について、大和総研[注6]では4月3日の試算で相互関税による日本の実質GDPへの影響を25年で▲0.6%、29年で▲1.8%程度と試算していたが、相互関税政策の90日間の一時停止措置を踏まえ、「2025年で▲0.2%(4月3日試算との差は+0.4%pt)、2029年で▲0.6%(同+1.2%pt)程度とGDPの下押し幅が縮小」すると試算している。今後の懸念点として「ベースライン関税だけでなく、自動車や鉄鋼・アルミニウム製品などに対する品目別関税措置も継続」と「トランプ政権の半導体、医薬品、銅、木材等の関税率引き上げを検討」を挙げている。”荒波”はうねりを伴う”大波”となる可能性があり、当然ながら中長期的な日本への影響も注視する必要があろう。
(4月11日執筆)
[注1]米国が4月5日から185カ国に一律10%のベースライン関税を課し、4月9日に日本や中国、EUなどの特定の国・地域に対してより高水準の関税を課すという政策。
[注2]Statement by the Director-General on escalating trade tensions
Dr. Ngozi Okonjo-Iweala, Director-General of the WTO, issued the following statement on 9 April(https://www.wto.org/english/news_e/news25_e/dgno_09apr25_e.htm)
[注3]2024年(年間)のモノの輸出額から輸入額を差し引いた貿易赤字額は中国が2954億ドルとトップであり、全体の貿易赤字額1兆1324億ドルの26%を占める。2位の欧州連合は2356億ドル(出所は25年2月5日公表のThe U.S. Census Bureau and the U.S. Bureau of Economic Analysis “U.S. International Trade in Goods and Services, December and Annual 2024″)
[注4]矢作 大祐、久後 翔太郎「『相互関税』による米国経済への影響は?」大和総研レポート25年4月8日
[注5]日本経済新聞「米関税停止、背景に米国債売り 『金融戦争』市場が警戒」25年4月10日
[注6]久後 翔太郎、秋元 虹輝「『相互関税』による日本の実質GDPへの影響は最大で▲1.8%」大和総研レポート25年4月3日、「『相互関税』一部停止の日本経済への影響」大和総研レポート25年4月10日
株式会社大和総研 金融調査部 主席研究員
内野 逸勢部
◇内野 逸勢/うちの・はやなり
静岡県出身。1990年慶応義塾大学法学部卒業。大和総研入社。企業調査部、経営コンサルティング部、大蔵省財政金融研究所(1998~2000年)出向などを経て現職(金融調査部 主席研究員)。専門は金融・資本市場、金融機関経営、地域経済、グローバルガバナンスなど。主な著書・論文に『地銀の次世代ビジネスモデル』2020年5月、共著(主著)、『FinTechと金融の未来~10年後に価値のある金融ビジネスとは何か?~』2018年4月、共著(主著)、『JAL再生 高収益企業への転換』日本経済新聞出版、2013年1月、共著。IAASB CAG(国際監査・保証基準審議会 諮問・助言グループ)委員(2005~2014年)。日本証券経済研究所「証券業界とフィンテックに関する研究会」(2017年)。


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