トレンド通信「弘前のすじこ納豆から考えるヒットの要素」

コラム

青森県弘前市の食品市場「虹のマート」内にある「津軽弘前市場ハマダ海産」が販売する「すじこ納豆」がヒット商品になっているそうです。すじこはサケなどの卵をバラバラにせず塩漬けやしょうゆ漬けにしたもので、この地域で伝統的に食べられている食材です。また納豆も青森県では冬のたんぱく源として好まれる食品です。ちなみに総務省統計局の調査(2022年)では、青森市の納豆に対する年間支出額は1世帯当たり5782円で、全国平均(4217円)より3割ほど多くなっています。高級食材のすじこと庶民的な総菜の代表格である納豆の組み合わせは意外な感じがしますが、かつて青森地域ではすじこも価格が安く庶民の日常的な食材の一つだったそうです。そこで、手近にあった納豆との組み合わせが自然に生まれたのでしょう。ごはんの上に納豆を乗せ、さらにすじこを乗せるすじこ納豆という食べ方は青森県出身の作家・太宰治も好んだ地域の食文化の一つになっています。

これが今年の春になって注目されているのは、テレビ番組で紹介されたことがきっかけですが、それまでの10倍も売れるようになった理由は、すじこを扱う海産物の商店がすじこだけでなく、それと組み合わせて食感が良いサイズにひいた納豆のパックとセット商品にしたところにもあると思います。消費者にすれば、すじこだけを注文して、納豆は自分で調達するという方法もありますが、あらかじめセットになっていれば、納豆選びで失敗することもありませんし、話題になった商品の組み合わせを確実に追体験できるという満足感もあります。

今回のすじこ納豆の売れ方で面白いのは、テレビで取り上げられて話題になったにもかかわらず、地元では売り上げに大きな変化はなく、売り上げの伸びを支えているのがほとんど関東地域からのネット通販だというところでしょうか。

ヒットしたのには、さまざまな要素が含まれていると考えられますが、地域の食文化でありながら他の地域にはあまり知られていない食べ方だったこと、ありふれた食材との組み合わせの意外性の面白さ、確実においしいと想像させる簡単レシピの提案にもなっていることなどが挙げられると思います。

この「ありふれたものの意外な組み合わせ」というのは、今回のケースに限らず、まだまだ開拓される余地がある切り口だと思います。典型的な例は和菓子のいちご大福です。発祥とされるお店はいくつかありますが、世に出てからほどなく多くのつくり手が追随しました。今では和菓子の一つの大きなジャンルを形成するまでに広がって、定着しています。

まったくゼロからヒット商品を開発するのは誰にとっても難しいものです。複数の商品を組み合わせる、サイズを変える、用途を変える、売り場を変える、ターゲットとする顧客を変えるといった発想転換が新しいヒットの起点になることがあると意識して、地域資源や地域の文化・風土をもう一度見直してみてはいかがでしょう。

日経BP総合研究所 上席研究員 渡辺 和博
◇渡辺 和博/わたなべ・かずひろ

日経BP総合研究所 上席研究員。1986年筑波大学大学院理工学研究科修士課程修了。同年日本経済新聞社入社。IT分野、経営分野、コンシューマ分野の専門誌編集部を経て現職。全国の自治体・商工会議所などで地域活性化や名産品開発のコンサルティング、講演を実施。消費者起点をテーマにヒット商品育成を支援している。著書に『地方発ヒットを生む 逆算発想のものづくり』(日経BP社)。