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コラム

「『古い革袋にも新しい酒』を入れる大切さ」


 

 高知市の郊外にある名刹(めいさつ)・五台山竹林寺で知り合いがコンサートをするというので、訪ねてきました。竹林寺は2023年に開創1300年を迎えた古いお寺で、四国八十八カ所霊場巡りの31番札所に当たります。本尊の文殊菩薩を収める本堂や書院は、重要文化財に指定されています。今回のコンサートはピアノを中心としたジャズのカルテットで、この書院にステージと椅子を並べて会場としました。メンバーは、NHKの長寿番組「世界ふれあい街歩き」のテーマ曲などを手掛ける村井秀清氏が中心です。5年前に一度実施したもののコロナ禍でその後は開催できず、ようやく復活できたコンサートでした。
 こうした現代の音楽イベントをなぜ古い名刹の、しかも重要文化財に指定されているような場所で行うのか、竹林寺のご住職・海老塚和秀さんに伺うと「本来、お寺はそれぞれの時代で新しい情報を発信する拠点であり、それによって人が集う場所です。今回のコンサートでこれまでお寺に接点や興味がなかった人も足を運んでいただけてありがたい」と言います。2日間のコンサートは盛況で、地元高知はもちろん高松や松山など四国各地から、また東京からわざわざこのコンサートをきっかけに高知を訪れた人もいたようです。2日目に少し発行した当日券で、海外から来たお遍路さんがたまたま遭遇したコンサートに興味を持ち、お遍路装束のまま聴いていったという例もありました。こうした様子を見るとまさにご住職が言われるように、お寺との新しい接点が生まれていることが分かります。
 古い歴史を持つものは、文化財に限らずブランドや伝統工芸、芸能などさまざまなものがあります。今回、竹林寺を訪ねてみて、確かにただ古いという価値だけを発信していたのでは、1300年も存在し続けることはできなかったのではないかと感じました。古い歴史あるものが現代の目の前にいる人々に対し、きちんと価値ある中身を用意してそれを発信することの重要さを感じます。「新しい酒は新しい革袋に入れるべし」ということわざがありますが、時に「古い革袋にも新しい酒を入れる」ことも必要なのでしょう。
 またご住職の「本来、お寺はこういう存在であるべき」という考え方は、企業の社会的存在意義を重視するパーパス経営、企業ミッションといった形で昨今、語られていることと同じです。これを明確にすることで、変えてはいけないものと変えていくべきことが整理されます。
 さらに面白いと感じたのはその中身で、われわれの感覚では古いお寺は古いものを求めて訪ねる場所という認識がありますが、ご住職の考えに沿えばお寺は新しいものを発信する拠点なのだから、新しい情報や体験に触れたければお寺へ行く、といった場所であるべきということになります。これは一種の逆説のようで、とても興味深く感じました。
 同時に、古いのれんやブランドを持つお店や会社、場合によっては地域産品などのブランドの活性化にとって、ビジネスのヒントが見つかる視点になりそうです。

 

日経BP 総合研究所 上席研究員

渡辺 和博

 

◇渡辺 和博/わたなべ・かずひろ

 日経BP 総合研究所 上席研究員。1986年筑波大学大学院理工学研究科修士課程修了。同年日本経済新聞社入社。IT分野、経営分野、コンシューマ分野の専門誌編集部を経て現職。全国の自治体・商工会議所などで地域活性化や名産品開発のコンサルティング、講演を実施。消費者起点をテーマにヒット商品育成を支援している。著書に『地方発ヒットを生む 逆算発想のものづくり』(日経BP社)。