日本史のトビラ

コラム

「歴史に学ぶ意義とは?」


 新型コロナウイルス感染症のパンデミックは、世界中に大きな混乱や痛手をもたらしたが、100年以上前、人類は同じような災禍に見舞われている。新型インフルエンザのスペイン風邪(流行性感冒)である。1918年秋に国内ではやりはじめ、21年まで大きな三つの波をもたらした。内務省衛生局の『流行性感冒』(22年)によれば、約2380万人(総人口の約43%)が発症し約38万8千人の死者が出たとする。致死率は1.6%である。
 政府は、感染予防を呼びかけるパンフレットやポスターなどを配布。19年1月には『流行性感冒予防心得』を刊行し、「咳やくしゃみの飛沫(ひまつ)で感染するので、病人や咳をする者に近付くな。人の集まるところに立ち入るな。電車や汽車内では必ずマスクをかけるか、ハンカチや手ぬぐいで口や鼻を覆いなさい。予防のため塩水か微温湯でうがいしなさい」と記し、「発病したら寝床に入り、すぐに医師を呼ぶこと。看護人以外、病人の部屋に入らない。医師の許しのあるまで外に出るな」と指示している。21年1月にも各府県に「流行性感冒ノ予防要項」を配布、「咳やくしゃみをするときはハンカチや手ぬぐいで口や鼻を覆うこと。話をするときは3、4尺ほど相手と距離をとる。演説会や講習会などの会合を見合わせ、電車や劇場、寄席、映画館や集会に行くときはマスクを使用する。理髪業者は仕事中、マスクを使用しなさい」などとある。これを読むと、現代のコロナ対策と大きく変わらないことが分かるだろう。
 18年10月26日の時事新報(夕刊)には、東京の中央郵便局で70名、神田郵便局で35名、中央電信局(電話)で135名がスペイン風邪に発症して通信事務が滞り、鉄道でも機関手や車掌に患者が続出、運輸局では局員の1割が欠勤。「電話も郵便も鉄道も、あらゆる交通機関がついに途絶しないかということは、あながち杞憂ばかりではなくなった」と、インフラに大きな影響が出たと報じている。また、死者の増加で大阪市の火葬場では遺体の火葬が間に合わなくなり、マスクや熱冷まし用の氷は不足して価格が暴騰した。
 コロナ禍同様、ワクチン開発競争が勃発。スペイン風邪はウイルスによる感染症だが、北里研究所や伝染病研究所をはじめ、当時はインフルエンザ菌を想定した多種多様なワクチンが多くの機関で製造され、多くの国民に投与された。もちろん効き目はないが、効果があったとする科学論文が多く出された。このように、人類は同じようなことを何度も繰り返している。だからこそ、過去に学んでその知見を未来に生かすため、歴史を学ぶ必要があるのだ。

歴史作家 
河合 敦

◇河合 敦/かわい・あつし

 東京都町田市生まれ。1989年青山学院大学卒業、2005年早稲田大学大学院修士課程修了、11年同大学院博士課程(教育学研究科社会科教育専攻(日本史))満期退学。27年間の高校教師を経て、現在、多摩大学客員教授、早稲田大学非常勤講師。講演会や執筆活動、テレビで日本史を解説するとともに、NHK時代劇の古文書考証、時代考証を行う。第17回郷土史研究賞優秀賞(新人物往来社)など受賞。著書に『蔦屋重三郎と吉原』(朝日新聞出版)、『禁断の江戸史』(扶桑社)ほか多数。