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コラム

「2020年代後半に1930年代の世界経済の暗黒時代が再来?」


 1929年の世界恐慌、第2次世界大戦の教訓を踏まえて、ブロック経済化(特定の国や地域での貿易を優先して外部からの輸入には高関税を課し自国産業を守る≒保護主義)を回避する目的で44年に構築されたブレトンウッズ体制[注1]によって確立した国際秩序が、これまで以上に大きく揺らいでいる。これは、保護主義を回避するために各国が共有してきた自由主義、多国間主義、法の支配という国際秩序の規範が崩れつつあることを意味する。つまり各国が行動すべき法規範、社会規範がバラバラになって、無秩序に近い状態にあるといえよう。この背景には、トランプ米大統領が米国第一主義を掲げることで、ブロック経済に逆戻りしていることがある。ブレトンウッズ体制の先導役・推進役であった米国が、その国際秩序を自ら壊し始めているといえよう。加えて、国際法の下で国際紛争の解決における国連の機能不全や、多国間での自由貿易を妨げる紛争を解決するWTOの機能不全なども、自由主義、多国間主義、法の支配に基づく国際秩序の維持を困難にしているといえよう。
 この機能不全となっている国際秩序をどのように回復していくのか。鍵を握るのは米中関係であろう。この点において、”1930年代の世界経済の暗黒の10年”のトリガーとなった当時の英米関係と現在の米中関係の類似性を指摘できる。当時の英米関係は”キンドルバーガーの罠”と呼ばれる。米国が英国に代わって適切なグローバル公共財を提供できなかったため”暗黒の10年”につながったとする説を唱えた米国の経済学者であるチャールズ・キンドルバーガー(Charles P. Kindleberger)の名前が由来である。この学説を、現在の米中関係に当てはめれば、中国が米国に代わって、あるいは米中が協力して、国連、IMF・世界銀行、WTOのようなブレトンウッズ機関に相当する適切なグローバル公共財を提供できるかがポイントとなる。それが難しければ、”キンドルバーガーの罠”の説の通り、2020年代後半に1930年代のような世界経済の暗黒時代が再来することとなる。”再来”を回避するために、特に懸念されている貿易については、自由貿易・多国間主義の枠組みの中で、(1)中国が適切なグローバル公共財を提供する、(2)米国が引き続き提供する、(3)米中などの大国以外の中堅国が国際協調して提供する、との三つのシナリオがある。
 どのシナリオの可能性が高いのであろうか。残念ながら、現時点の世界情勢を見ると、(1)と(2)のシナリオの可能性は相対的に低い。となれば、(3)のシナリオの可能性が相対的に高いこととなる。日本を含む中堅国主導による「環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP)」[注2]などの自由貿易・多国間主義に基づく地域のメガ自由貿易体制が拡大されることへの期待は大きい。ただし、(3)のシナリオを補強するために、自由貿易・多国間主義の屋台骨が揺らいでいることに緊急に対応する必要がある。機能不全に陥っている既存の自由貿易体制の信認を得るには、WTOの速やかな改革を進めることが必要であろう。WTOの自助努力に過大な期待を持つのは難しい。このためリーマン・ショック後のG20の金融危機対応のように、”貿易版FSB(金融安定理事会)[注3]”のような”貿易安定理事会(TSB)”を設立して、WTO改革を危機対応の枠組みで解決してはどうだろうか。世界経済の暗黒の時代の先に想定される”冷戦”という言葉も聞こえる中、そのような事態を回避するためであれば、緊急時の対応を含めてWTOの改革に国際協調の方法を総動員する必要があるのではないか。(1月20日執筆)

[注1]1944年7月に、44カ国が参加し、戦後の国際経済の安定と復興を目指して新たな国際金融システムを構築することが目的で、米国のブレトンウッズで開催された連合国通貨金融会議で決定された国際金融体制。特に、29年の世界恐慌や第2次世界大戦の教訓を踏まえ、ブロック経済の再発を防ぐための仕組みとして構築された。
[注2]オーストラリア、ブルネイ、カナダ、チリ、日本、マレーシア、メキシコ、ニュージーランド、ペルー、シンガポール、ベトナム、英国の12カ国によって締結された多国間貿易協定。Comprehensive and Progressive Agreement for Trans-Pacific Partnership
[注3]グローバル金融危機直後の2009年4月に設立され、金融システムの脆弱性への対応や金融システムの安定を担う当局間の協調の促進に向けた活動を推進する主体。主要国・地域の中央銀行、金融監督当局、財務省、主要な基準策定主体、IMF、世界銀行、BIS(国際決済銀行)、OECD(経済協力開発機構)などの代表が参加。

株式会社大和総研 金融調査部 主席研究員
内野 逸勢

◇内野 逸勢/うちの・はやなり

 静岡県出身。1990年慶応義塾大学法学部卒業。大和総研入社。企業調査部、経営コンサルティング部、大蔵省財政金融研究所(1998~2000年)出向などを経て現職(金融調査部 主席研究員)。専門は金融・資本市場、金融機関経営、地域経済、グローバルガバナンスなど。主な著書・論文に『地銀の次世代ビジネスモデル』2020年5月、共著(主著)、『FinTechと金融の未来~10年後に価値のある金融ビジネスとは何か?~』2018年4月、共著(主著)、『JAL再生 高収益企業への転換』日本経済新聞出版、2013年1月、共著。「第3次袋井市総合計画」審議会委員。IAASB CAG(国際監査・保証基準審議会 諮問・助言グループ)委員(2005~2014年)。日本証券経済研究所「証券業界とフィンテックに関する研究会」(2017年)。