中小企業のためのDX事例

コラム

「下請け脱却を実現した刺しゅう加工業のWeb直販DX」


 今回は、Webでの直販へと転換した刺しゅう加工業の事例です。東京都足立区にある株式会社マツブンは、1939年創業の老舗として、長らくアパレル向けの受託加工で品質を磨いてきました。ところが2000年前後、顧客企業が生産拠点を海外へ移す流れなどを背景に受注が細り、売り上げや取引先が大きく減少しました。全盛期に約1億8000万円あった売り上げは、00年には約4800万円まで落ち込み、取引先も15社から3社へ縮小しました。そこで三代目の松本照人氏は「脱下請け」を掲げ、新規市場を自社で開拓する方針へかじを切ります。
 01年に自社サイトを立ち上げ、当初は受託加工の新規受注獲得に向けた情報発信を試みたものの、反響は限定的でした。転機となったのは、サイトを見た一般企業から「ロゴ入りの刺しゅう品はつくれるか」との問い合わせが寄せられたことです。そこで02年、ターゲットを一般企業へ切り替え、ユニフォームやノベルティ用途のロゴ刺しゅうに絞って商品を再構成しました。ここで注目すべきは、販売チャネルをWebへ移行しただけでなく、収益構造そのものを加工賃で受ける下請け型から、自社で商品化し直接受注するモデルへと転換した点です。サイトでは刺しゅう技術の説明にとどまらず、発注担当者が判断しやすいよう「用途別に選べる」「見積もりしやすい」情報設計を徹底しました。
 集客施策は、検索語に連動して広告を表示する「リスティング広告」と、検索結果で自社ページが上位に表示されるよう自社サイトを継続的に改善し、自然流入を拡大する「SEO」を中核に据えました。さらに近年は、スマホ対応や動画活用まで進め、検索経由の問い合わせ増加と受注拡大につなげました。
 その結果、19年度には売上高約2億8200万円のうちインターネット売り上げが約92%を占め、年間取引会社数は約1200社、販売数は約28万枚に達しています。さらに22年度は年商3億4000万円規模で黒字を継続しています。下請けで培った品質を基盤に、顧客像を明確化し、Web上で見つけてもらえる仕組みを磨き続けたことが、販売チャネルとビジネスモデルの転換を実現したDXといえます。
(この事例は筆者取材時のものであり、現在では異なる場合があります)


大川 真史


◇大川 真史/おおかわ・まさし
 元ウイングアーク1st データのじかん 主筆。IT企業を経て三菱総合研究所に12年間在籍し、2018年からウイングアーク1stで、デジタル化による産業構造転換や中小企業のデジタル化に関する情報発信・事例調査などを行った。社外活動として、東京商工会議所ものづくり人材育成専門家WG座長、特許庁I-OPEN専門家、ロボット革命・産業IoTイニシアティブ協議会中堅中小AG副主査、サービス創新研究所副所長など。リアクタージャパン、Garage Sumida研究所、Factory Art Museum TOYAMA、ハタケホットケなどを兼務。経団連、経済同友会、経産省、日本商工会議所、各地商工会議所・自治体での講演、新聞・雑誌の寄稿多数。近著『アイデアをカタチにする!M5Stack入門&実践ガイド』。