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コラム

「地方自治体の”賢い歳出”の重要性の高まり」


 前回のコラム「地方自治体のガバナンスを左右する総合計画」では、地方自治体の中長期のガバナンスを考える上でも、10年先を見据えた行政運営の最上位計画である「総合計画」が非常に重要であることに触れた。今回は、人口8万人程度の静岡県袋井市の総合計画の内容に踏み込み、実際の策定における具体的な課題、工夫、そのメリットを述べていく。
 改めて地方自治体の総合計画とは、通常、社会・経済環境の急激な変化に対応する内容を盛り込んだ計画である。このため、総合計画の策定において、まずは当事者である住民や事業者、行政が、将来見込まれる社会・経済環境の急激な変化について、認識を合わせることが重要な課題として挙げられる。特に注意を要することは、”右肩上がり”の社会・経済構造に慣れ親しんだ結果、財政の健全性を損なうような財政拡大の感覚が多く残っていることである。実際には、今後を見据えると、”右肩下がり”であり、急激な少子高齢化による人口減少とともに事業者・企業の減少は税収の減少につながり、歳入が減少していく。総論では、歳入が減ることを認識しながらも、個々の政策を議論するときには歳出に焦点が当たりがちである。このような財政拡大中心の議論を回避して、必要性と効果が高い政策に予算を投じる”賢い歳出”を意識することが重要である。
 次に、総合計画の策定において、国レベルでは対象となるヒト・モノ・カネの範囲が大き過ぎて検証が難しい”賢い歳出”は、市町村レベルでは具体的な検証ができる可能性があるが、その検証の仕方に課題がある。つまり、教育、健康・福祉、産業経済などの施策別の計画の政策において、それらの「取組」、取り組む上での「基本方針」を、KPI(重要業績評価指標)を含めて丁寧に設定していく必要がある。
 袋井市の総合計画[注1]の政策を見ていくと、「施策別計画」の9の「政策」は、「こども家庭」「教育」「健康・福祉」「都市・環境」「建設保全」「産業経済」「文化・観光・スポーツ」「市民生活」「危機管理」である。それらに全部で24の「取組」、78の「基本方針」があり、その達成度合いを測定するKPIが100以上設定されている。総合計画の策定過程では、これらKPIの(1)具体性、(2)測定可能性、(3)達成可能性、(4)全体の目標との関連性、(5)10年という期限内での評価の是非についても議論された。当然ながらKPIには個々の政策の成果に対する市民の満足度も含まれる。これによって、個々の政策についてKPIによる評価の精度が高まり、各政策の成果の具体性を可能な限り高めた。単に九つの政策の優先順位を決定していくのでは限界があるため、より具体的に個々の政策でのKPIの評価に基づく施策の優先順位を決定したのである。当然ながらこれらのKPIは総合計画の実行において見直されていくこととなる。
 このような策定過程を踏まえれば、総合計画の個々の政策において、これまでの常識とされてきた歳出の考え方を、これまで以上により具体的に見直すことができるはずだ。例えば、危機管理にはインフラ整備というハード面の強化に対する膨大な歳出が常識であったが、テクノロジーを活用した住民参加型のソフト面の強化という歳出を抑える考え方にシフトすることが可能となろう。このような丁寧な総合計画の策定は、表面的に人気を集めやすいアイデア先行で具体性の欠ける政策の議論の回避にも有効であろう。
 経済対策、物価対策など、いわゆる国が”トップダウン”で行う政策における”賢い歳出”は重要である。一方、前記のような地方自治体の総合計画の政策の実施は、いわゆる”ボトムアップ”の”賢い歳出”につながりやすく、地方によって直面する課題がより画一的ではなくなる中で、今後重要性がますます高まるのではないか。

(2025年12月8日執筆)


[注1]袋井市総合計画「基本計画」答申https://www.city.fukuroi.shizuoka.jp/material/files/group/135/yarama436.pdf

株式会社大和総研 金融調査部 主席研究員
内野 逸勢

◇内野 逸勢/うちの・はやなり

 静岡県出身。1990年慶応義塾大学法学部卒業。大和総研入社。企業調査部、経営コンサルティング部、大蔵省財政金融研究所(1998~2000年)出向などを経て現職(金融調査部 主席研究員)。専門は金融・資本市場、金融機関経営、地域経済、グローバルガバナンスなど。主な著書・論文に『地銀の次世代ビジネスモデル』2020年5月、共著(主著)、『FinTechと金融の未来~10年後に価値のある金融ビジネスとは何か?~』2018年4月、共著(主著)、『JAL再生 高収益企業への転換』日本経済新聞出版、2013年1月、共著。「第3次袋井市総合計画」審議会委員。IAASB CAG(国際監査・保証基準審議会 諮問・助言グループ)委員(2005~2014年)。日本証券経済研究所「証券業界とフィンテックに関する研究会」(2017年)。