「ウサギ・バブルはじける」
いま「転売ヤー」が問題になっている。しかし、人気のある品物を競って買い求め、値上がりするタイミングで売り払う人々はネット社会が成立する前から存在した。労力を使わずもうけたいというのは人間のさがなのだろう。
じつは明治初年、ウサギの転売が社会問題になっている。築地の居留地にいた外国人が国内に持ち込み、これを好事家が面白がって手に入れたのが始まりだった。「これは売れる」と踏んだのだろう、翌年から変わった毛色や耳の形をしているウサギを、外国人たちが国内に持ち込むと、金持ちが喜んで購入した。結果、外国産のウサギの値は高騰。すると人々がこぞって投機目的でウサギを飼育するようになった。
料亭では「兎会」と称する品評会兼販売会が開かれた。外に列をなす会場も珍しくなかった。変わった色や姿のウサギだと1匹二、三百円の値が付いた。最高記録は明治6(1873)年の、耳の毛が黄色い600円のウサギ。警察官の初任給がひと月4円の時代だ。
世間では、相撲番付に見立てた兎番付「東花兎全盛」が販売されたり、ウサギの名を冠した芝居が開かれたりするなど、世はウサギ・バブルに浮かれていった。
当然、悪い業者が現れてくる。薬品や絵の具で白いウサギをカラフルに染め、本物だと偽って高値で売る詐欺商法が出てきた。ウサギ熱に取りつかれ、娘を売ってウサギを買おうとする愚か者も現れた。
見過ごせないと思った東京府は、ウサギの売買市を禁止したが、バブルに浮かれた連中は言うことを聞かず、ウサギの売買はやまなかった。そこで明治6年12月、東京府はウサギ税を導入することにした。買った者の名前を控えておくよう業者に通達し、また、所有者は役所に届け出るよう促した。そして、飼い主にウサギ1匹につき月1円の税を納めさせたのだ。無断で飼育したことが分かれば、1匹につき2円の罰金を徴収するとした。当時の1円で米が30㎏ぐらい買えてしまう。それが毎月徴収されるのだ。
これを知って人々は仰天、飼っているウサギをタダで町行く人にあげたり、川へ捨てたり、肉として売ったりしてしまった。河原の土手はウサギだらけになったという。ウサギの値は暴落し、ウサギに熱狂した人の中にも、財産を失い没落する者が続出した。
ただ、人間は懲りないものである。明治7(1874)年の夏以降、再び変わりウサギを買うことが流行したのだ。業者が巧みに仕掛けたらしい。人々はこっそり高値で珍しいウサギを手に入れ、これを飼って楽しんだ。前回ほど高値にはならなかったが、それでも1匹数十円で取り引きされるケースもあった。が、これに気付いた警視庁が隠し飼いしている好事家を摘発して罰金を科していったため、ついに2度目のウサギ・バブルもはじけたのである。いつの時代も、楽してもうかるといううまい話は存在しないのだ。
歴史作家
河合 敦
◇河合 敦/かわい・あつし
東京都町田市生まれ。1989年青山学院大学卒業、2005年早稲田大学大学院修士課程修了、11年同大学院博士課程(教育学研究科社会科教育専攻(日本史))満期退学。27年間の高校教師を経て、現在、多摩大学客員教授、早稲田大学非常勤講師。講演会や執筆活動、テレビで日本史を解説するとともに、NHK時代劇の古文書考証、時代考証を行う。第17回郷土史研究賞優秀賞(新人物往来社)など受賞。著書に『蔦屋重三郎と吉原』(朝日新聞出版)、『禁断の江戸史』(扶桑社)ほか多数。

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