トレンド通信

コラム

「”待たせ上手”なお店が教えてくれるもの」


 先日訪れた岐阜市のとんかつ屋さんで面白い体験をしました。あらかじめネットで調べたところとても高評価なお店なので、お昼の開店時間に合わせて訪ねました。最近はやりの高級なとんかつ屋さんにあるように、何種類かの銘柄豚から選べるメニューになっています。注文を伝えると店員さんが「当店はじっくり低温で揚げますので、20~30分ほどお時間をいただきます」とのことでした。私はマニアに近いとんかつ好きなので、良いお店ではそれくらい待つのは珍しくないと思いました。
 するとカウンター越しに見えるキッチンでスタッフがやおら土鍋を取り出して、私が注文した分のごはんを炊き始めました。始めは気が付かなかったのですが、客席から見える位置にガスコンロが7~8台ずらりと並んでいて、そこにごはんを炊く土鍋が四つほどのっています。先に注文した客の分でしょう。その隣に「私のごはん」がセットされました。
 それから15分ほど、湯気を出して徐々に炊き上がっていく土鍋をわくわくしながら眺めていました。火を止めて蒸らしている間に、手元に茶わんとしゃもじ、香の物が出され、いよいよ土鍋ごはんの到着です。ふたを開けてもらって炊き立ての香りを楽しんでいるうちに、メインのとんかつもやってきました。土鍋ごはんは炊き立て特有の甘みやうまみがしっかり感じられてとてもおいしく、とんかつも断面が薄ピンクでジューシーに仕上がった絶妙な揚げ具合でした。出されたもの自体のおいしさ以上に、この体験全体を通して忘れられないお店になりました。次に岐阜に行くときも必ず訪れようと思いました。
 この「とんかつ体験」でいくつかの気付きがありました。料理のプロセスが見えるため、提供されるものの価値や品質が想像され期待が高まることや、自分がいつまで待てばよいかだいたい見当がついて待つ不安が軽減されること、普段は得られないサービスが自分のためだけに準備されているという特別感、待つ時間が提供されるものの品質向上につながっているという納得感などです。
 待たせ上手なお店といえば、ファミリーレストランチェーンのサイゼリヤの間違い探しゲームを思い浮かべる人もいるでしょう。キッズメニューに描かれた間違い探しのイラストは、大人でも簡単に正解できないほど難易度が高く、料理を待っていることを忘れて時間を過ごしてしまいます。またお客同士のコミュニケーションのきっかけにもなっています。
 こうした待たせ上手なお店に共通しているのは、「客を待たせている」という自覚があること、それを「客はどう感じているか」に対する想像力があること、さらにそれを「通常のオペレーションの中で解決する」ための工夫があることでしょう。
 品質と価格でモノの良しあしを評価する「コスパ」重視の時代から、その消費行動自体に時間を費やす体験としての価値があるかどうかを問われる「タイパ」重視の時代になっています。スマホ任せにしない客の待たせ方に今後も注目していきたいと思います。


地域経済アナリスト/コンサルタント
渡辺 和博

◇渡辺 和博/わたなべ・かずひろ

 合同会社ヒナニモ代表。1986年筑波大学大学院理工学研究科修士課程修了。同年日本経済新聞社入社。IT分野、経営分野、コンシューマ分野の専門誌の編集を担当。その後、日経BP 総合研究所 上席研究員を経て、2025年4月から現職。全国の自治体・商工会議所などで地域活性化や名産品開発のコンサルティング、講演を実施。消費者起点をテーマにヒット商品育成を支援している。著書に『地方発ヒットを生む 逆算発想のものづくり』(日経BP社)。