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コラム

「『貯蓄から投資へ』の”定着”のために」


 日本銀行が2024年9月19日に公表した「2024年第2四半期の資金循環(速報)」によれば、同年6月末の家計の金融資産の残高は前年比4.6%増の2212兆円と、過去最高を更新した。19年12月末に1887兆円で過去最高となり、21年12月末には2000兆円を超え2042兆円となった後、総じて増加傾向にある。同資金循環統計では家計の金融資産残高は現金・預金、債務証券、株式等・投資信託受益証券、保険・年金・定型保証、対外証券投資で構成されている。この中で現金・預金は安定して増え続け、常に5割以上を維持しており、24年6月末でも1127兆円と金融資産全体の51.0%を占めている。
 「貯蓄から投資へ」の流れを見る上で重要な指標である株式等・投資信託受益証券の残高は、23年半ばぐらいから増加基調となり、最近の株式相場の乱高下にもかかわらず、増加率は高い水準を維持している。23年6月末から24年6月末の5四半期平均の前年比増加率は、株式等が24.3%、投資信託受益証券が23.1%となった。しかし、この両者が金融資産全体に占める割合はおのおの13.6%、5.8%であり、米国の株式等40.5%、投資信託12.8%(24年3月末の連邦準備制度理事会(FRB)の公表数値)と比べると、見劣りする。ちなみに米国の現金・預金の同比率は11.7%であった。
 日本では、「貯蓄から投資へ」の流れをつくることの重要性が頻繁に挙げられている。大和総研「日本経済中期予測」(24年)によれば、確かに1988年、89年には金融資産に占める株・出資金の割合がおのおの20.4%、20.7%と20%を超えたことがあるが、それ以降はボトムが2002年の5.4%、ピークは05年の12.7%であった。もっとも、この比率が将来20%を超えても、それが一時的では意味がない。20%以上の高い水準で安定させることが重要であろう。
 この意味で、米国では「貯蓄から投資へ」の”流れ”よりもその”定着”に焦点が当てられている。そのために米国では、金融当局が個人投資家保護規制を徹底的に強化している。金融機関は、これらの規制対応のコスト負担を含めてビジネスが成り立つ事業モデルの改善をしていく努力を怠っていない。例えば、米国の資産運用会社は、経済状況、金利の水準など金融資産の資産運用環境を踏まえながら、顧客である各家計にとっての適切な資産配分(アセットアロケーション)を重視している。さらに、証券会社、銀行などの販売会社は、家計の資産形成の目的に合った顧客のバランスシート(貸借対照表。金融資産のほかに不動産等を含む全ての資産と負債および純資産の状態)を考慮しながら、顧客の資産を管理するためのサービス(=ウェルスマネジメント・サービス)を提供している。
 日本の金融当局は米国と同様、個人投資家保護規制強化を進めている。さらに日本政府は、ここ数年、個人投資家保護、資産所得倍増プラン、資産運用立国を政策として掲げている。これらを受けて金融機関は、日本のウェルスマネジメント市場への参入を本格化し、ウェルスマネジメント・サービスの土台となる顧客本位の営業体制の構築を目指す取り組みを進めている。しかし、依然として、家計に対して自社にとって収益性の高い運用商品を提供したり、住宅ローンを中心とする消費者ローンを提供したりすることに注力するビジネスモデルが見られる。米国と比較すれば、プロダクトアウト(販売する自社の商品優先)の戦略から抜け切れていないように見える。
 現在、日本はデフレ局面を脱し、今後も名目GDPの成長が継続すると見込まれている。このため株式市場の上昇が継続する可能性が高まっており、「貯蓄から投資へ」を定着させるチャンスを迎えている。日本の金融機関が、米国の金融機関のように、家計のバランスシートの状況分析に基づく資産配分サービスの丁寧な提供をしていくという、顧客本位のビジネスモデルへの転換がさらに進めば、日本のウェルスマネジメント市場の将来性は明るいと考えられる。当然ながら個人投資家への金融教育の普及も必要となる。これらの取り組みが本格的に進展し、個人投資家が安心して資産形成ができる土台を構築し、早めに貯蓄から投資への定着が実現できる状況になることを期待したい。

(9月20日執筆)         

株式会社大和総研 金融調査部 主席研究員
内野 逸勢

◇内野 逸勢/うちの・はやなり

静岡県出身。1990年慶応義塾大学法学部卒業。大和総研入社。企業調査部、経営コンサルティング部、大蔵省財政金融研究所(1998~2000年)出向などを経て現職(金融調査部 主席研究員)。専門は金融・資本市場、金融機関経営、地域経済、グローバルガバナンスなど。主な著書・論文に『地銀の次世代ビジネスモデル』2020年5月、共著(主著)、『FinTechと金融の未来~10年後に価値のある金融ビジネスとは何か?~』2018年4月、共著(主著)、『JAL再生 高収益企業への転換』日本経済新聞出版、2013年1月、共著。IAASB CAG(国際監査・保証基準審議会 諮問・助言グループ)委員(2005~2014年)。日本証券経済研究所「証券業界とフィンテックに関する研究会」(2017年)。

内野 逸勢