東京証券取引所が今年3月31日に公表した「市場区分の見直しに関するフォローアップ会議」第9回の資料では、企業はステークホルダーが期待する中長期的な企業価値向上の実現を問われていると指摘した。特に、PBR(株価純資産倍率)1倍割れの企業の経営層、取締役会には、PBRなどの指標の改善に向けた方針や具体的な取り組み、その進捗(しんちょく)状況の開示など、十分な対応が求められている。このPBR1倍割れとは、一般的に市場(この場合プライム市場、スタンダード市場)での企業の株式時価総額が簿価の純資産を下回っている状況を指す。
2022年6月に経済産業省が公表した「経済産業政策新機軸部会中間整理」の中では、「TOPIXを構成する企業の約4割が、株式時価総額が純資産を下回る」状況にあると指摘された。加えて、代表的な企業の新陳代謝にも触れており、「設立30年以内の企業の各市場の代表的な指標構成企業の企業価値に占める割合は米国24.5%、欧州12.4%に対して日本は5.4%」としている。この主因として、1)世界的な産業構造の変化に日本企業がそれぞれのビジネスモデルの変革を十分進められなかったこと、2)急速な少子高齢化により日本国内市場の規模が縮小し、それに適応してきた日本企業のビジネス展開が通用しなくなったこと、3)人的投資を含めて成長投資が低迷したこと、を挙げている。
その一方、政府の責任にも言及し、政府の産業政策の新たな視点(ミッション)とその実効性を高める経済社会構造改革が不足していたとの認識を示している。この点について、同中間整理では政府としても1990年代以降に構造改革などの政策対応を行ってきたが、状況を変えるに至らなかったとしている。
これへの対応として、政府は今年の5月16日に公表した同部会の「第2次中間整理 骨子(案)について」では、2021年以降政府が取り組んでいる「経済産業政策の新機軸[注1]」を「ミッション志向の産業政策(8分野)」に再構成した。ここでの8分野とは「GX:今後10年で150兆円超の官民投資、そのために20兆円規模の政府支援」「DX:2030年までに国内で半導体を生産する企業の合計売上高(半導体関連)を15兆円超」「経済安全保障:自律性向上、優位性・不可欠性確保、国際秩序維持」「健康:2050年に公的保険外サービス77兆円」「レジリエンス:2050年に適応市場が途上国で約70兆円に成長」「バイオものづくり:2030年時点で総額92兆円の市場規模」「資源自律経済:2030年に80兆円、2050年に120兆円のサーキュラーエコノミー市場を実現」「地域の包摂的成長:可処分所得/時間の向上等を通じ希望出生率を1.8に回復、将来的には更なる希望向上へ」である。さらにこれら8分野のミッションの実効性を高めるべく、経済社会構造を改革のために「社会基盤 (OS)の組換え(5分野)」として、「人材:物価上昇を超える賃上げの継続的な実現」「スタートアップ・イノベーション:スタートアップへの投資額を今後5年で10倍」「価値創造経営:日本の代表的企業がPBR1倍超えとなる割合を2030年に8割に」「日本社会のグローバル化:2030年に対内直接投資残高を100兆円に」「データ駆動型行政」としている。
同「第2次中間整理 骨子(案)」の中では、これらの再構成された産業政策の新機軸は、「国内投資」「イノベーション」「所得向上」という三つの要素の好循環の「持続化」への期待を醸成していくとしている。政府は、「国内投資」と「所得向上」は「マクロ環境の変化」として捉えている。「失われた30年」というデフレマインドがまん延していたマクロ環境からの「潮目の変化」が生じているとの現状認識が示された。政府には、今がこの「潮目の変化」を持続的な成長につなげるラストチャンスであるとの危機感がある。
社会基盤の組換え5分野の中に「価値創造経営」があり、「イノベーション」の一翼を担っている。そこでは政府は「大企業もアニマルスピリッツを発揮する『スタートアップ型』に」として大企業に組織としてのマインドの変化を求めている。上場企業は企業価値向上の一つの指標であるPBRをテクニカル(技術的)に1倍超にすれば良いということではない。経済社会構造の変革を促すような上場企業の“気概”の変化が求められているのである。当然ながら中長期的には投資家もそれを求めていると考えられる。上場企業の経営層は、このことを念頭に置き、中長期的な企業価値向上の道筋を示していくべきではないか。
(5月19日執筆)
[注1]以下の5分野。「GX(GI基金2.7兆円を含む20兆円規模の先行投資支援等の成長志向型カーボンプライシング構想の具体化・実行)」「DX(半導体・次世代計算基盤構築2兆円超(JASM支援、Rapidus支援等)、蓄電池0.5兆円等)」「スタートアップ5カ年計画(補正1兆円、7つの税制改正等)」「リスキリング等『人への投資』支援(5年で1兆円)」「中小企業の成長(事業再構築補助金(合計2.4兆円)、ものづくり補助金等)」

株式会社大和総研 金融調査部 主席研究員 内野 逸勢
◇内野 逸勢/うちの・はやなり
1990年慶応義塾大学法学部卒業。大和総研入社。企業調査部、経営コンサルティング部、大蔵省財政金融研究所(1998~2000年)出向などを経て現職(金融調査部 主席研究員)。専門は金・資本市場、金融機関経営、地域経済、グローバルガバナンスなど。主な著書・論文に『地銀の次世代ビジネスモデル』2020年5月、共著(主著)、『FinTechと金融の未来~10年後に価値のある金融ビジネスとは何か?~』2018年4月、共著(主著)、『JAL再生 高収益企業への転換』日本経済新聞出版、2013年1月、共著。IAASB CAG(国際監査・保証基準審議会 諮問・助言グループ)委員(2005~2014年)。日本証券経済研究所「証券業界とフィンテックに関する研究会」(2017年)

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