「情報発信と製品開発が生んだ好循環の現場」
今回は、東京都葛飾区に工場を構える株式会社石井精工の事例です。ゴム製品用金型の設計・製造を行う町工場ですが、デジタルサービスを積極的に活用することで、大きな変化を遂げています。とりわけ注目されているのが、YouTubeによる情報発信と、それに連動した自社製品開発の取り組みです。
同社は2021年に「石井精工のゴム金型ch」を開設し、スマートフォン一つで撮影から編集まで完結させるスタイルで、製造現場の様子や工具レビュー、社員インタビューなどを動画で発信してきました。表層的なPRではなく、現場のリアルを伝えることで、価値観に共感した人材を呼び込む採用ブランディングとして成果を上げています。
ただ、工場の日常だけでは発信内容が限られるという課題がありました。そこで着手したのが、自社製品開発をコンテンツ化する取り組みです。製品アイデアの立案から試作、販売までの過程を公開し、最終的にクラウドファンディングによる販売へとつなげる仕組みを確立しました。
この戦略から生まれたのが、内側にアロマを入れられるアルミ製ピンズ「ALMA(アルーマ)」です。墨田区の支援事業を活用してデザイナーと協働し、製品化に至りました。その後も新製品開発によるクラウドファンディングを続け、株式会社リコーのデザインチームと共同開発した「金属の割り箸」など、これまで接点のなかった大手企業との協業も実現しています。
こうした取り組みにより、社内にも好影響が広がりました。社員は自らの製品が世に出る喜びを実感し、仕事への誇りやモチベーションが向上。量産品の品質管理に取り組んだ経験を通じて、技術力や生産管理のレベルも高まりました。
また、YouTube発信によって、会社の価値観に共感する人材が入社するようになり、定着率も改善。社員が自ら発信内容を考え、企画・実行する環境が整ったことで、創造性やチャレンジ精神が醸成されました。このような文化は現場の改善や技術革新にもつながっています。
さらに、情報発信による認知度向上を背景に、同社は下請け依存から脱却しつつあり、若手の採用や組織力強化にも成功しています。経営陣は社員の主体性を尊重する組織への変革を推進しています。
こうした石井精工の取り組みは、限られた資源の中でもデジタルを柔軟に活用し、経営・組織・人材育成に好循環をもたらします。中小企業におけるDXの可能性を体現する先進的な実践として、今後も注目が集まりそうです。
(この事例は筆者取材時のものであり、現在では異なる場合があります)
ウイングアーク1st株式会社 データのじかん主筆
大川 真史
◇大川 真史/おおかわ・まさし
ウイングアーク1st データのじかん 主筆。IT企業を経て三菱総合研究所に12年間在籍し、2018年から現職。デジタル化による産業構造転換や中小企業のデジタル化に関する情報発信・事例調査が主な業務。社外活動として、東京商工会議所ものづくり人材育成専門家WG座長、特許庁I-OPEN専門家、ロボット革命・産業IoTイニシアティブ協議会中堅中小AG副主査、サービス創新研究所副所長など。リアクタージャパン、Garage Sumida研究所、Factory Art Museum TOYAMA、ハタケホットケなどを兼務。経団連、経済同友会、経産省、日本商工会議所、各地商工会議所・自治体での講演、新聞・雑誌の寄稿多数。近著『アイデアをカタチにする!M5Stack入門&実践ガイド』。


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