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コラム

「忘れがちな公的年金制度の特性」

 最近、老後資金の確保がメディアで取り上げられる機会が増えている。その背景には、まず「2025年問題」がある。これは現在の人口の世代別のボリューム層である「団塊の世代」(1947年~49年生まれの世代)が、2025年に全て後期高齢者になることを指す。さらに、次のボリューム層である「団塊ジュニア世代」(1971年~74年生まれの世代)も50代となり、老後の生活の準備を意識する年齢となることが挙げられる。「令和5年版厚生労働白書」によれば、2025年には、15~64歳の生産年齢人口7310万人に対して、65歳以上の高齢人口は3653万人と推計されている。高齢者(65歳は厚生年金受給開始年齢)の生産年齢人口に対する比率は50%となり、15~64歳人口の2人に対して1人の高齢者となる。
 特にメディアで注目されてきているのが、公的年金の支給額の見通しである。7月3日に厚生労働大臣の諮問機関は「将来の公的年金の財政見通し」(財政検証)[注1]を公表した[注2]。この財政検証では、「所得代替率」という「現役男子の平均手取り収入額に対する年金額の比率」によって表される「公的年金の給付水準を示す指標」が用いられている。この指標が、次の財政検証(29年実施予定)までに50%を下回ると見込まれるか否かが重要な検証結果となる。下回れば、「給付水準調整の終了その他の措置を講ずるとともに、給付及び負担の在り方について検討を行い、所要の措置を講ずる」としている。24年度の所得代替率は61.2%[注3]と算出された。
 所得代替率の算出においては、将来の社会・経済の状況に関する一定の諸前提として、「人口の前提」「労働力の前提」「経済の前提」が置かれ、複数のケースが設定されている。一部の有識者からは、現在検討中の政策も含めて政府の推進している政策による三つの前提の実現可能性(例えば、現時点の水準とは乖離(かいり)が大きい出生率、経済成長率)と、今回の所得代替率の水準で十分な老後資金といえるかということなどに対して懸念が示されてきている。
 そのような懸念にも一理あるが、そもそもの公的年金制度の仕組みは、働く子から高齢の親への「『仕送り』を社会化したもの」という公的年金の特性を忘れてはならないであろう。つまり「仕送り」とは、現役世代が納めた保険料をその時々の高齢者の年金給付に充てる仕組み(=賦課方式)のことである。このため、将来世代の負担する保険料水準が高くなり過ぎないように配慮しなければならないことには留意する必要があろう。
 加えて、公的年金は「老後生活の基本を支える役割」を担っているという特性も認識しておく必要があるだろう。「基本を支える」以上の部分については、「老後生活の多様な希望やニーズに応える役割」を担う私的年金として企業年金(確定拠出および確定給付年金)と個人年金(iDeCo)が用意されている。さらに、24年1月からはNISA(少額投資非課税制度)の新制度が導入され、個々人の多様な目的に合わせて自助努力がしやすい資産形成の制度が拡充されている。
 政府は引き続き、所得代替率を維持する政策を推し進めていく必要はあるものの、公的年金の特性を踏まえると、今回の見通しは老後生活の基本を支える資金の目安と捉える方が健全な見方と思われるが、いかがであろうか。

(7月19日執筆)


[注1]国民年金(全国民共通の給付である基礎年金)および厚生年金(サラリーマンを対象とした報酬額に比例した給付)の財政の現況および見通し。
[注2]「令和6(2024)年財政検証結果の概要」を指す。年金制度の改正を議論する社会保障審議会の年金部会(第16回)において公表された。財政検証は、厚生年金保険法および国民年金法の規定によるものであり、04年の年金制度改正以来実施されてきて今回で5回目。少なくとも5年ごとに実施されている。
[注3] (夫婦2人の基礎年金13.4万円+夫の厚生年金9.2万円)÷(現役男子の平均手取り37.0万円)で算出。           

株式会社大和総研 金融調査部 主席研究員
内野 逸勢

◇内野 逸勢/うちの・はやなり

静岡県出身。1990年慶応義塾大学法学部卒業。大和総研入社。企業調査部、経営コンサルティング部、大蔵省財政金融研究所(1998~2000年)出向などを経て現職(金融調査部 主席研究員)。専門は金融・資本市場、金融機関経営、地域経済、グローバルガバナンスなど。主な著書・論文に『地銀の次世代ビジネスモデル』2020年5月、共著(主著)、『FinTechと金融の未来~10年後に価値のある金融ビジネスとは何か?~』2018年4月、共著(主著)、『JAL再生 高収益企業への転換』日本経済新聞出版、2013年1月、共著。IAASB CAG(国際監査・保証基準審議会 諮問・助言グループ)委員(2005~2014年)。日本証券経済研究所「証券業界とフィンテックに関する研究会」(2017年)。

内野 逸勢