中小企業のためのDX事例

コラム

「ユーザー起点で磨いたデジタル防犯アクセサリー」


 今回は、夜道の不安という生活課題をデジタル技術で再定義した防犯アクセサリー開発の事例です。東京都千代田区にあるYolni(ヨルニ)株式会社は、「夜道の不安をなくす」ことを掲げ、スマートフォンと連携する防犯アクセサリーを開発しています。
 同社がまず行ったのは「夜道の不安の本当の課題はどこか」を徹底的に見極めることでした。ユーザーへの聞き取りから、多くの人が「被害に遭った時、いきなり警察に連絡するより、まず家族や友人に知らせたい」と感じていることや、「後ろからついてこられた時に、着信が鳴ったふりをしたら相手が離れた」といった行動パターンが見えてきました。
 そこから、「怖いから持つ防犯グッズ」ではなく「夜を前向きに楽しむアクセサリー」というコンセプトが生まれました。本体を握るとスマートフォンから着信が鳴る、ピンを引くと家族や友人に位置情報付きで知らせるといった、一連の行動を支えるデジタル体験が設計されています。
 こうした明確な課題認識は、長年の試行錯誤の積み重ねによって育まれました。2016年の通信モジュールを使ったコンテストを起点に、通信方式やセンサーの変化に対応しながら、多くの試作品をつくり続けてきました。
 筐体(きょうたい)を3Dプリンターで何度も出力し、スイッチの押しやすさや電池交換のしやすさと、デザイン性の両立を検証し、量産時のコストも繰り返し試算しました。会社の哲学を言語化して共有し、毎週の議論を通じてぶれない軸を持ち続けたことも、製品の成熟に大きく寄与しています。
 中小企業のDXの視点で見ると、同社のポイントは三つあります。第一に、技術的な実現方法ではなく、「どんな夜を過ごしたいのか」というユーザーの物語から逆算して課題を細かく分解したことです。第二に、ハードとアプリを行き来しながら、小さな仕様変更や検証のサイクルを高速に回し続け、机上では分からない使い勝手を一つずつ磨き込んだことです。第三に、自社の哲学をよりどころに、短期的な売り上げよりも長期の価値提供を優先し、機能追加やコスト設計を段階的に見直してきたことです。
 この9年間の歩みは、リソースの限られた中小企業でも、ユーザーに寄り添ったDXを実現できることを示しているといえます。
(この事例は筆者取材時のものであり、現在では異なる場合があります)

ウイングアーク1st株式会社 データのじかん主筆
大川 真史

◇大川 真史/おおかわ・まさし

 ウイングアーク1st データのじかん 主筆。IT企業を経て三菱総合研究所に12年間在籍し、2018年から現職。デジタル化による産業構造転換や中小企業のデジタル化に関する情報発信・事例調査が主な業務。社外活動として、東京商工会議所ものづくり人材育成専門家WG座長、特許庁I-OPEN専門家、ロボット革命・産業IoTイニシアティブ協議会中堅中小AG副主査、サービス創新研究所副所長など。リアクタージャパン、Garage Sumida研究所、Factory Art Museum TOYAMA、ハタケホットケなどを兼務。経団連、経済同友会、経産省、日本商工会議所、各地商工会議所・自治体での講演、新聞・雑誌の寄稿多数。近著『アイデアをカタチにする!M5Stack入門&実践ガイド』。