大和総研のエコノミストは直近の日本経済予測[注1]において「日本経済のデフレ脱却が現実味を帯びている」(P.6)としている。この「現実味を帯びる」とは、物事に現実的な要素が多くなり、予想が現実のものとなる可能性が高まるという意味である。「現実的な要素が多くなる」とは、2023年11月1日公表の日本銀行の24年度と25年度の消費者物価指数の予想の引上げと、翌2日の岸田文雄政権の総合経済対策での「30年ぶりの変革を果たすまたとないチャンス」という政府の認識を指すものと思われる。
ただし、「現実的な要素が多くなる」と「予想が現実のものとなる可能性が高まる」との間には、まだ距離がある(=現実のものとなる可能性を高める要素が足りない)と考えられる。不足している要素は、高まってきたインフレの持続性を支える政府と日本銀行の具体的な財政政策と金融政策の着実な実施であろう。これによって、企業の投資、家計の消費を後押しし、インフレの流れを確かなものとする経済全体の供給力である潜在成長率が改善できる。つまり、21年度0.2%[注2]の水準にとどまる潜在成長率の「下支え」である。この「下支え」が十分にできるかという懸念が残る。政府と日本銀行に下支えの政策を実施するための事前準備が万全でない、あるいはある程度“整っていない”と副作用が大きくなってしまう。
まずは、政府の財政再建が中途半端なままでは、金利が上昇することで財政リスクが顕在化する可能性が高まり、経済対策を柔軟に打ち出すことができなくなる。政府[注3]が掲げる「財政健全化」目標としては、「2025年度」には「国・地方を合わせたプライマリーバランス(PB)[注4]を黒字化」することと「同時」に「債務残高対GDP比の安定的な引下げ」を達成するとしている(注3文書P.18)。現状では、「普通国債残高は、累増の一途をたどり、2023年度末には1,068兆円に上ると見込まれ」(同P.6)ている。この債務残高の、「税収を生み出す元となる、国の経済規模」(同P.18)であるGDP(国内総生産)比は2倍超である。一方、現在の歳入は、経済成長の停滞などが影響して税収の伸びが歳出の伸びに見合っておらず、不足分を借金に頼っている。さらに、歳出は、その3割を占める社会保障関係費や、2割を超える国債費が大きく伸びている。このため、中長期的に見ても政府は借金に依存していくことにならざるを得ない。今後発行する新規の国債の金利は、例えば、デフレ脱却で長期金利が1%上昇すれば、その水準が新規の長期国債発行にすぐ反映されるため、国の国債の利払い負担を高め、財政赤字の悪化に拍車をかけることになる。さらに財務省の「試算」[注5]によれば、仮に金利が1%上昇した場合、短期的には普通国債残高金利の1%上昇とはならないが、長期的には普通国債残高の金利が1%上昇し、3年後の国債費(利払い費)は3.7兆円増加する(経済成長率(名目)3.0%ケース)。
次に、デフレ脱却後の金利上昇による日本銀行自体のバランスシートへの影響も大きいと想定され、異次元の金融緩和政策からの出口戦略が順調に進められない可能性がある。特に、日本銀行は異次元緩和政策としての長期金利の引下げ手法(イールドカーブ・コントロール)を維持するため、市場から大量の日本国債を購入してきた。23年6月末時点での時価ベースの国債発行残高は1090兆円で、このうち日本銀行は580兆円を保有する[注6]。仮に24年、マイナス金利を解除するという金融調整を実施すると、国債価格急落(長期金利急上昇)リスクが発現し、保有国債の含み損が急増することで、ポートフォリオの資金収支が逆ザヤになる事態となり、バランスシートの縮小が困難になることが考えられる。22年に米国の中央銀行に当たる連邦準備制度理事会(FRB)も同じ困難に直面した。FRBは、長期金利が低い間に、自身のバランスシートの縮小に着手し、保有債券を売却した。しかし、債券売却と、それによって得た流動性の吸収が同時に発生したため、FRBのバランスシート縮小は非常に困難を極めることとなった。加えて、冒頭の大和総研の経済予測では「短期金利の上昇による日本経済への打撃は、長期金利の2倍以上」(P.41)と試算されている。
24年には、大和総研の日本経済予測の中で、米国の深刻な景気後退入りのリスク、中東・ウクライナ情勢の緊迫化という地政学リスク、中国の過剰債務問題の顕在化リスクなどが経済の主な下振れリスクとして挙げられており、政府、日本銀行の「下支え」は不可欠である。つまり、財政再建は意識しながら、規律のある財政政策の下支えが必要であり、異次元の金融政策を調整していくものの、金融緩和の状態はしばらくの間は継続していく下支えが必要であろう。逆にこれらがなければ、デフレ脱却の「副作用」が日本の本格的な景気回復を阻害することになりかねない。現実味を帯びる日本経済のデフレ脱却に準備万端かどうかが、デフレ脱却と宣言することよりも重要ではないか。
(12月8日執筆)
[注1]大和総研「第219回日本経済予測(改訂版)」2023年12月。[注2]内閣府「中長期の経済財政に関する試算」2023年7月。[注3]財務省「これからの日本のために財政を考える」2023 年10月。[注4]国債の償還・利払いを除く社会保障や公共事業などの行政サービスを提供するための経費(政策的経費)を、税収などで賄えているかを示す指標。[注5]財務省「令和4年度予算の後年度歳出・歳入への影響試算」2022年1月。[注6]日本銀行「2023年4〜6月期の資金循環統計」2023 年9月20日。
株式会社大和総研 金融調査部 主席研究員 内野 逸

1990年慶応義塾大学法学部卒業。大和総研入社。企業調査部、経営コンサルティング部、大蔵省財政金融研究所(1998~2000年)出向などを経て現職(金融調査部 主席研究員)。専門は金融・資本市場、金融機関経営、地域経済、グローバルガバナンスなど。主な著書・論文に『地銀の次世代ビジネスモデル』2020年5月、共著(主著)、『FinTechと金融の未来~10年後に価値のある金融ビジネスとは何か?~』2018年4月、共著(主著)、『JAL再生 高収益企業への転換』日本経済新聞出版、2013年1月、共著。IAASB CAG(国際監査・保証基準審議会 諮問・助言グループ)委員(2005~2014年)。日本証券経済研究所「証券業界とフィンテックに関する研究会」(2017年)

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