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コラム

「なぜ日本の少子化対策は十分ではなかったのか」


 急速な少子高齢化により、人口減少が中長期的に着実に進展することが見込まれている。直近2023年の国立社会保障・人口問題研究所の推計[注1]では、約30年後の2056年に総人口が1億人を下回り、2065年に9159万人となる。特に、少子化が人口減少に与える影響は大きい。1989年の合計特殊出生率(以下出生率)[注2]が、それまでの最低を更新したいわゆる「1.57ショック」(90年)以降、政府はさまざまな少子化対策を実施してきたが、出生率の低下には歯止めがかかっていない。地域格差も拡大している。現政権も少子化対策を前面に打ち出している。
 少子化の現状について、直近の厚生労働省の統計[注3]で確認する。75年に出生率が2.0を下回り始めてから低下傾向となり、2005年に1.26と底を打ち、14年頃までは緩やかな上昇を示していた。しかし、それ以降は再び低下し、23年には1.20となり過去最低を記録した。出生数でも、23年は過去最低の72.7万人となり、70万人割れが目前となっている。過去の推移を見れば、第二次ベビーブームが終わった1974年以降低下傾向をたどり、2016年に97.7万人と、100万人を割ってから7年連続で減少し、16年から23年までトータルで25万人減少した。
 それにもかかわらず、総人口は、出生率および出生数が低下し始めた1974年から、総人口のピークを迎え1億2808万人となった2008年まで、30年以上にわたり増加が続いた。これは「当時は『正の人口モメンタム』と言われる出産期の女性が多い人口構造であったことから,人口は増加し続けた」[注4]とされている。しかし、現在の状況はこれとは逆で「出産期の女性が少ない『負の人口モメンタム』が生じているため,出生率の回復にかかわらず人口が中期的には減少する」[注5]とされている。なぜ、「負の人口モメンタム」が生まれたのか。確かに、この30年、政府は少子化対策をしてこなかったわけではないが、依然、中期的に人口は減少することが推計されており、対策は十分ではなかったといえる。
 なぜ対策は十分ではなかったのであろう。それに関して、出生数において気になるデータがある。前述の厚生労働省の統計で15年以前の出生数の推移を見ると、いわゆるバブル経済がはじける前の1989年の124.6万人から2015年までの26年間で24万人減少した。これは16年から23年の減少スピードの約4分の1の遅さである。一方、1989年以前の減少スピードは速く、例えば、83年から89年の6年間で出生数は150.8万人から124.6万人に26万人減少した。それ以前でも74年の202.9万人から77年の175.5万人と、3年間で27万人減少した。団塊ジュニア世代が出産適齢期であったことを考慮しても、出生数が26年かけて24万人減少した89年から2015年は特異な期間に見えてくる。
 この期間において結婚適齢期を迎えている世代はさまざまな呼称が付き、ある意味、世代が多様化していった時期といえる。しらけ世代(1955年前後に生まれた世代)、新人類(60年頃生まれ)、バブル世代(65~70年頃生まれ)、団塊ジュニア世代(70~74年頃生まれ)、ゆとり世代(87~2004年頃生まれ)[注6]などが挙げられる。また、バブル経済崩壊後の失われた30年といわれる経済・社会基盤が不安定化した時期でもある。各世代は価値観が多様化したものの、同時に基盤が不安定であったことから、世代の価値観に対する迷いが深まったことが考えられる。これらが出生数、出生率の低下が長期間にわたり続いた要因ではなかろうか。
 その一方、「団塊の世代」(1947~49年頃生まれ)では社会・経済基盤は不安定であったが、高度成長期であり、「一億総中流」[注7]など画一的な価値観の醸成がなされていったと考えられよう。ちなみに、この団塊の世代という名称は、堺屋太一著の小説『団塊の世代』に由来する。ここでの「団塊」とは、出生数のボリュームが相対的に多く、人口ピラミッドの中で丸みを帯びて突出した塊になっているという特徴を表している。これに対して、前記の26年間は、世代の”命名”の通り、価値観が多様化し、各世代のボリュームは小さいが、異なる特性を持つ塊であったと考えられる。この間、政治家の間では、地域格差、所得格差などへのさまざまな予防的対策が声高に唱えられていたものの、異なる特性への対策ではなく、画一的な規制撤廃、現金給付など人気取りの政策が目立った。それよりも、この本質的な多様化する世代の価値観に対し、網羅的かつ効果的に寄り添うことを優先すべきではなかったか。それを踏まえて、冷静かつ客観的に少子化対策を検討し、これからの世代が自発的にコミットできるような対策を講じることが必要であろう。


(2024年12月9日執筆)

[注1]出所は「日本の将来推計人口(令和5年推計)」(2023年4月26日)。総人口は、令和2年国勢調査による1億2615万人が2070年には8700万人に減少すると推計(出生中位・死亡中位推計)。国立社会保障・人口問題研究所は、令和2年国勢調査の確定数を出発点とする新たな全国将来人口推計を実施し、その結果を公表。
[注2]その年次の15~49歳までの女性の年齢別出生率を合計したもので、1人の女性がその年次の年齢別出生率で一生の間に生むとしたときの子ども数に相当する。
[注3]「令和5年(2023)人口動態統計(確定数)の概況」(24年9月17日)
[注4]松浦司「少子化対策の30年を振り返る」『日本労働研究雑誌 24年7月号』18ページ
[注5]注4と同様、31ページ
[注6]各世代の呼称および生まれた年代は説により異なる場合がある。
[注7]旧総理府による「国民生活に関する世論調査」で、自分の生活水準を「中の上」「中の中」「中の下」とする回答が7割以上であったことなどを根拠に、1970年代からいわれるようになった。

株式会社大和総研 金融調査部 主席研究員
内野 逸勢

◇内野 逸勢/うちの・はやなり

静岡県出身。1990年慶応義塾大学法学部卒業。大和総研入社。企業調査部、経営コンサルティング部、大蔵省財政金融研究所(1998~2000年)出向などを経て現職(金融調査部 主席研究員)。専門は金融・資本市場、金融機関経営、地域経済、グローバルガバナンスなど。主な著書・論文に『地銀の次世代ビジネスモデル』2020年5月、共著(主著)、『FinTechと金融の未来~10年後に価値のある金融ビジネスとは何か?~』2018年4月、共著(主著)、『JAL再生 高収益企業への転換』日本経済新聞出版、2013年1月、共著。IAASB CAG(国際監査・保証基準審議会 諮問・助言グループ)委員(2005~2014年)。日本証券経済研究所「証券業界とフィンテックに関する研究会」(2017年)。