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コラム

「銀行の企業価値経営における『取らざるリスク』の重要性」

 これまで銀行は、低金利下において、健全性の維持との見合いで、貸出残高を可能な限り増やしてきた。低金利下では、貸出量を増やさないと、あるいは貸出期間を長期にして金利を上げないと、それまでの金利収入を確保できなかったからである。
 この点について、日本銀行「預金・貸出関連統計」で2012年度から23年度(23年10月時点)の貸出残高の変化を確認する。銀行全体の貸出残高(年度換算の平均残高)は、419兆円から1.3倍の561兆円と大幅に増加し、それに伴い銀行のバランスシートは拡大してきた。ただし、利率別国内貸出残高を見ると、貸出金利が1%未満の貸付残高が大幅に増えた一方、1%以上の貸出残高が急減した。同期間で1%未満の残高は148兆円から403兆円と2.7倍に膨れ上がった一方、1%以上の残高は271兆円から158兆円とほぼ半減している。1%未満の残高の内訳としては、0.5%未満の貸出残高の伸びが大きく、48兆円から200兆円と約4倍の水準に達した。その一方、直近12年で2%以上の貸出残高が99兆円から33兆円と約3分の1に減少した。
 増加した貸出の貸付形態は、個人向け、法人向け融資とも貸出期間の相対的に長い証書貸付[注1]である。この点について、日本銀行が公表した23年10月の「金融システムレポート」によれば、「民間債務が増加する過程で、借⼊期間が⻑期化している」ことが背景にあり、「借⼊期間は2000年代以降のピーク圏」にあるという。つまり、法人向けの融資では「長期金利が低下した機会を捉えて、長期固定金利の安定資金を確保し、借換リスクを抑制し」、個人向けの融資では「長期・低利の変動金利借⼊によって、大口化した住宅ローンの月々の返済負担を抑制し」てきた。このため、銀行のバランスシートの運用側の大部分を占める貸出残高は拡大したものの、その特性は、利率が低い貸出残高の割合が大幅に上昇し、それらの融資期間が長期化したことで、大きく変化した。
 ただし、直近では、円貨金利の上昇、株主から銀行経営者に対する企業価値経営のプレッシャーの高まりなどにより、この傾向に変化が見られる。銀行の23年度の決算説明会資料を見ると、企業価値経営において、貸出残高を増やすことよりも、貸出の収益性の向上に焦点が当てられてきている。さらに、融資期間を長期化するとリスクの量が増えるため、信用リスク(個人・法人の債務返済ができなくなる可能性)管理を強化している。この二つに注意を払いつつ、銀行という組織の企業価値向上経営において収益性の向上を実現するために、「取るリスクと取らざるリスクの方針」を策定し、組織に浸透させることが重要となっている。これを「リスク・アペタイト・フレームワーク」と呼ぶ。
 このフレームワークの導入によって、銀行の新たな経営課題が明確になってきている。銀行は、前述したように過去10年以上、貸出残高=「信用リスクの量」を追い求めてきたが、現在では「取らざるリスク」をいかに見極めることができるかという課題に直面している。加えて、取るべき信用リスクをある時点で見極めたとしても、金利および景気変動などにより、将来的に貸出先の信用リスクが顕在化した場合に、対応できるためのリスク管理の強化・高度化が必要となっている。
 ただし、このフレームワークがあれば、中長期的な収益目標と実績とのギャップが生じた場合に、その原因を特定し、「取るリスクと取らざるリスクの方針」を見直すことで、経営のレジリエンス(一般的には回復力の意味。ここでは事業運営において予想外の問題や変化に対して柔軟に対応できる能力)を改善できるといわれている。今後は、事業会社においても中長期的に経営のレジリエンスが試されるため、銀行の前記のような取り組みは、事業会社においても参考になろう。           

(6月20日執筆)

[注1]金融機関が融資するに当たって、借主から借用証書を差し入れさせて行う貸付を指す。

株式会社大和総研 金融調査部 主席研究員
内野 逸勢

◇内野 逸勢/うちの・はやなり

静岡県出身。1990年慶応義塾大学法学部卒業。大和総研入社。企業調査部、経営コンサルティング部、大蔵省財政金融研究所(1998~2000年)出向などを経て現職(金融調査部 主席研究員)。専門は金融・資本市場、金融機関経営、地域経済、グローバルガバナンスなど。主な著書・論文に『地銀の次世代ビジネスモデル』2020年5月、共著(主著)、『FinTechと金融の未来~10年後に価値のある金融ビジネスとは何か?~』2018年4月、共著(主著)、『JAL再生 高収益企業への転換』日本経済新聞出版、2013年1月、共著。IAASB CAG(国際監査・保証基準審議会 諮問・助言グループ)委員(2005~2014年)。日本証券経済研究所「証券業界とフィンテックに関する研究会」(2017年)。

内野 逸勢