本連載では、IT経営マガジン「COMPASS」に掲載した全国のIT活用事例をもとに、中小企業の経営において、ITがどのように役立つかを解説していきます。
事業分野は技術の進歩や市場環境によって縮小の方向に進む場合もあります。新しい事業への挑戦が求められますが、まったく土地勘がない分野よりも、これまで取引があったお客様や業界のニーズを汲み取り、新しいサービスや製品を開発するのも一つの方法です。福岡県北九州市のリョーワは、製造業の課題を解決するITサービスの開発に取り組んでいます。なぜ、思い切った挑戦ができたのでしょうか。IT経営マガジン「COMPASS」2022年夏号から転載します(記載内容は掲載時点のものです)。
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<会社概要>
有限会社森山旅館(紗々羅) 岐阜県下呂市森1412-1
設立:1986年
従業員数:35人(パート含め約60人)
事業内容:旅館業(温泉施設あり)
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例えば女性二人で旅を計画。宿泊先では温泉にエステ、おしゃれなカクテルを楽しみ、優雅なひと時を過ごしたい。このとき、団体客がバスでやってくる従来型の旅館は選択肢に入りにくい。一人旅ならなおさらだ。
下呂温泉の高台に建つ「紗々羅」(会社名:森山旅館)は、この流れとは一線を画したラグジュアリーな温泉旅館だ。
デザイン性の高い内装・くつろげる空間づくりを行い、個性ある客室を提供。2018年に改装した和洋室は、「和と洋の良いところ」を融合させ、新しい空間を提案している。
「団体旅行が主流だった20年前から、個人客をターゲットに“女性に人気の宿”を目指しています。現在、44室のうち20室が露店風呂付であり、部屋の改装も次々行っています」
事業コンセプトをこう語るのは、代表取締役の大前文夫氏である。顧客が喜ぶ姿をイメージし、一歩先を行くアイデアを出し続ける。
顧客満足度を高めて相応の宿泊費を設定する戦略を立て、実現に向けITも取り入れることとした。自社Webサイトからの予約率向上とリピーターを増やすためだ。
Webサイトは、部屋や料理の写真など、同社ならではの様子を写真で伝え、「このお料理を食べたい」「この部屋に泊まりたい」と感じたらそのまま予約に移れるよう改良した。
紗々羅には、100平米を超える独自内装の特別室が2室あるが、この部屋は旅行代理店には出さず自社サイトからのみ受け付けている。
IT面を担当する課長の大前雅嗣氏は、「部屋の様子を詳しく伝えられる効果は大きい。稼働率も上昇してきました」と手ごたえを話す。
リピーターを増やすには、顧客の状況を把握したきめ細かいサービスが欠かせない。常に心がけているが、担当する仲居の記憶に依存しがちでバラツキが生じていた。
そこで、ホテル・旅館の業務にフィットするクラウド型の顧客管理サービス「神対応-ホテル・旅館-」(スペリオル社)を導入し、顧客の様子や好み、食事のアレルギーなどを一元管理して共有。個人に依存せず、顧客の情報を次回宿泊時のサービスに反映させられるようにした。
ITシステムは初導入であり、戸惑いもあったという。そこで、いきなり仲居にIT機器を配布することはせず、「顧客の情報を言葉にしてメモを書く」習慣作りから始めた。大前課長は次のように説明する。
「メモの内容は事務所でシステムに入力し、その日のお客様の留意点はシステムを参照してメモで渡しています。当初、記載内容には濃淡がありましたが、だいぶ慣れてきて、意義も理解してもらえるようになりました」
システム導入後、リピーターが着実に増加してきた。「従業員の質・感覚が高まっています。やってよかった」と大前社長は感想を話す。
いずれ仲居自身が入力、確認できるようタブレットも導入する予定だが、あくまでもバックヤードで使い、情報を頭に入れてから接客したいとのことだ。
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【事例からヨミトル】
・顧客側の変化を受けとめ、自社ならではの個性を打ち出していきましょう。
・Webサイトは特徴を直接顧客に伝える場となります。
・ベテランの頭の中に入っている情報を言語化し、社内で共有する仕組みを通じてサービス力を向上させることができます。
IT経営マガジン「COMPASS」編集長 石原 由美子
◇石原 由美子/いしはら・ゆみこ

アップコンパス代表。教材編集や講師業を経て、情報処理技術者試験の書籍編集、モバイル分野の雑誌編集を担当した後、IT経営マガジン「COMPASS」https://www.compass-it.jp/の編集に携わる。中小企業支援機関・支援者と連携しながら、中小企業が主体となる等身大のIT活用をテーマに、全国の事例を取材し、その本質を伝えている。各地の商工会議所においても、IT活用事例・DX入門等のセミナーを担当。

