トレンド通信

コラム

「すぐもうかるからといってやってはいけないこと」


 先日、熊本でワインやウイスキーに詳しい知り合いから教えてもらったバーへ行きました。30年ほど前から営業しているカウンターだけのこぢんまりとした店で、バックバーにはさまざまな種類の酒が200本ほど並んでいました。
 店主に古いウイスキーについてあれこれ聞いていたら、こんな話をしてくれました。最近初めて来た海外からのお客さんが、バーに並んでいる古い酒を何本かまとめてボトルごと買いたいと言ったそうです。それなりに目利きのお客さんらしく、現在ではなかなか入手しにくいものばかりを指定して、半分に減っていてもいいから買いたいとのこと。バーにとってはその店のこだわりを象徴するようなボトルなので、全部売ってしまっては今後の商売が困ります。結局、まだ複数の在庫を持っているものに限って、何本かを通常の2倍くらいの価格で売りました。合わせて数十万円の売り上げとなりましたが、それでもお客さんは「安い」を連発して満足して帰ったそうです。
 熊本は、いま郊外に台湾の半導体製造会社TSMCが進出し、いくつも工場を建設する計画が進んでいます。また、韓国、台湾、香港からの国際便が熊本空港に運航し、まちに外国人があふれています。ネットで調べるとすぐ出てくるような人気の飲食店は、外国人の対応に追われていて騒然としています。いわゆるオーバーツーリズムの問題が起きています。
 そんな中、熊本名物のスープ「太平燕(タイピーエン)」の有名店を訪ねた際、ちょっと面白い光景を見ました。お昼時には行列ができるため整理券の自動発券機を導入し、店舗前で並ぶ人数を減らしています。自分の順番が近づくと自動的に携帯電話に連絡が入る仕組みです。受付にはベテランスタッフを1人常駐させて、お客をさばいていました。
 店内に入るとかなりフロアは広く、その中で一定の間隔を空けて、意識的に使わない席を設けているようでした。全ての席を埋めてしまうと、厨房(ちゅうぼう)や配膳に仕事が一気に集中して、お客を待たせたり店内が騒然としたり、落ち着かない雰囲気になってしまいます。おそらくその日のスタッフの人数に合わせて、このような運用をしていたのだと思います。
 おかげで、ゆったりとした雰囲気の中で食事を楽しめました。この店のシステムでは、お客の待ち時間を、店内のテーブルに座って待たせるのではなく、店の外で自由に使ってもらうようにしています。また、店内では席数を減らしたことで余裕を持ったサービスを提供できます。そのため、名物の魅力以上に私はまたこの店に来たいと思いました。
 同じものを提供されてもどのような雰囲気やサービスが伴っているかで、客の体験価値は大きく違ってきます。持続可能なビジネスをつくるためには目先のもうけより、一時的にお客に嫌われたとしてもこうした考え方・やり方が大事ではないかと思いました。

日経BP 総合研究所 上席研究員

渡辺 和博

 

◇渡辺 和博/わたなべ・かずひろ

 日経BP 総合研究所 上席研究員。1986年筑波大学大学院理工学研究科修士課程修了。同年日本経済新聞社入社。IT分野、経営分野、コンシューマ分野の専門誌編集部を経て現職。全国の自治体・商工会議所などで地域活性化や名産品開発のコンサルティング、講演を実施。