八戸のラーメンの歴史は、昭和3年頃に(1928年)始まります。六日町に鄭克銓(テイコクセン)さんが食堂”来々軒”を開店し、”支那そば”を売り出したのが始まりと言われています。以前、東京で十数台のラーメン屋台を経営していた鄭さんは、大正12年9月1日(1923年)の関東大震災後に八戸の十八日町に移り住んでいましたが、”支那そば”造りのために中国(福建省)から呼び寄せた陳さんに、細切りで手揉みの麺を造らせ、タレは醸造醤油をベースに近海で獲れた煮干しをふんだんに使い、地鶏ガラと豚骨でダシを取りました。この絶妙な味は当時、大変な話題を生み、客の行列は絶えることがありませんでした。戦後(1946年)になり、名称を”支那そば”から”中華そば”に変え、”来々軒””板橋””一心亭””千成”など専門店も多くなるにつれ、同時に、杉本・中村・外崎・中島・木村・松橋・阿部さん等の製麺業者も、陳さんや尻内町の林さんの指導により、次々と増えて行きました。これらの動きが全国的に販路を拡張することに繋がり、東京でも知られるようになりました。今日の全国的なラーメンブームは、”札幌ラーメン”や”博多ラーメン”を代表とするように濃厚なラーメンが台頭しておりますが、最近では、ようやくあっさり風味を求める気運も高まり、八戸らーめんが復活しました。70年余りの歴史と伝統を持つ八戸らーめんは、適当な細麺のちぢれと深みのあるスープが調和し、長い間、庶民に親しまれて参りました。この伝統の味を、「八戸らーめん」として、これからも地元の誇りとして残して行きたいと思います。